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5章  本心がよくわからない奴 



月を背に公園のフェンス上に現れたのは、背丈からして十七くらいの男。逆光で顔は瞳の色以外はよく見えない。
でも、暗闇でもよく目立つその金に近いオレンジの髪がなんだかキザったらしい。
あと。個人的になんとなくむかつきます。理由はわからないけど、目にした途端にこう……いらっと。
人を見ただけで苛ついたり、ましてやそのことを口にしたりするのはいけないことなんだけど。
「遊んであげるとするか」
……だ、け、ど。正面から対峙してのそいつの開口一番で、抑える努力を削ぎ落とされた。
うん。普段はね、こんな簡単に誰かがむかつくなんてことないんだよ私。でも、でもね?
滅多にいない初見から相性の悪い相手はいるものなんだよ。今目の前にいるあいつがまさにそう。

「はいはーい。私は今から宣言しときます……私はあいつがほんとにむかつきます!」
清海が英文調!? とか引いてる靖はほっといて。導火線が短いわよって言ってる美紀も今回は悪いけど、無視。
「俺も君のことは気に入ってないけどね」
それに対して。そいつはまあ、遊び相手だし……と何気なく指揮棒を振るうかのようにして右手を振り上げ降ろした。
その数秒の動作で虚空に何か煌めく物が現れ、私たちに飛来してきた。
でも、数メートルも離れていれば避けるのは簡単なこと。その証拠に靖とレリは会話をしながら全てを避けきった。
「おいおい……呪文もなしにかよ! いきなりレベル高い奴が相手になったもんだな!」
「えー、今までの魔物も普通なら結構な強敵だったと思うよ?」
「まあ俺らの魔法と鈴実のお札がなきゃそうだったろうけどな」
さすがに銃程の速さを誇ってたら無理だけど、野球ボール並ならなんとかなる。みんな平均以上の身体能力だからね!

「あんたみたいな奴に負けたくないもんね!」
「まともにやれば勝てないと思って背後を狙ったんじゃないの?」
「君ら調子に乗ってると死ぬよ。それと、俺にはちゃんとパクティっていう名前がある」
「そういうそっちが余裕すかしてるじゃん!」
「まあね、事実を否定するほど無粋じゃないさ」
「あ、そう。じゃ、パクティ。覚悟してね」 
あいつが何か言う前に鈴実は早口で唱えて出していた。よく舌を噛まないなあ。
やっぱ普段からそういうの練習してるからかな? 一秒一刻が場の優劣を左右するんだって。
「あー……これはあれか、なるほど賢いな」
鈴実が呪文を末尾まで並べるとパクティが地面にゆっくりと落ちて来た。まるで鎖で引きずりおろされたみたいに。 
視線をパクティから逸らさずに、黄色いお札を構えて鈴実は腕が届く射程距離を測ってる。
鈴実に近づくごとに威力が増してくようで、藤色の瞳もこの状態じゃ笑っていられない。
呻きながらも見えない圧迫に両目が伏せられている。
「くぅ…………なんちゃって」
『バリンッ』
「え?」
硝子の割れたような音と共に、パクティが視界の真ん中にいたまま消えた。
どうして。なんで捕縛されたのに自分の意のままに動けるの?
鈴実の魔法は効いてたはずなのに。笑い声がしたとき、パクティは目の前にいなかった。 
「きゃぁ、何すんのっ、下ろしなさいよ!」 
鈴実は私の後ろにいたのに、悲鳴は上から聞こえた。
みんなが一斉に鈴実のいた所を見たけど、そこに鈴実の姿はない。
「へぇ、こんな時にも冷静でカワイイねぇ……だけど、詰めが甘い」
「だから放しなさいって言ってるでしょうが! ちょっと、あんた耳悪いの!?」
声がした方へ、空を見上げた時パクティが見つかった。鈴実も一緒にいる。
鈴実を片腕に持ちながら、パクティは翼もないのに空に浮かんでいる。 
何で? 普通じゃない。そんなのアリ!? 反則だよ、何に対しての違反かはわかんないけど!
「鈴実!」
「何で……確かに効いてただろ!?」
私だってわからないよー! 効いてたと思ったら、そうじゃなかったし。それに空を浮くなんて私テレビでしか見たことないよ。
それに、タネはわからなかったけど、集中力が必要そうだしやってた人はマジシャンだし!
「似たようなのはヨーロッパにいたときマジックショーで見たけど……魔法なら幻影もあり得るのかも」
大陸を移動して日本にまでやってきたレリの結論はそれだった。
「御名答。君は勘がいいな、でも今攻撃すると鈴実ちゃんまで巻き添えくらうよー」
看破したことにもさして驚かないどころかパクティは口笛を吹いてみせた。
あ……あいつ、めっちゃくちゃ余裕。あー、腹が立つ! 今真横にいたならその首に手を掛けたい。
「勝手にちゃん付けしないでよ!」

鈴実のその一言に地上にいたみんなは揃って滑りかけた。
「え。気にすんのはそこなのか鈴実、そこだけなのか」
「もっと別のとこを気にするべきじゃない?」
「私も二人と同意見よ。清海、どう思う?」
「あー、鈴実、昔からちゃん付けされるの嫌いなんだよね。どうしてかな」
靖とレリと美紀は目を細めた。え、私なにか変なこと言った?

「鈴実ちゃんが捕らえられてるから迂闊に手が出せない。でも、あの方……まさか」
鳥を召喚するのに時間が掛かるからって集中してたカシスがパクティを見上げて何か言った。
「どうしたの? カシス」
「あ、ゴメン。思い過ごしだと思うから。気にしないで」
カシスは驚いたような顔をしてたけど、一度首をふるとまた呪文を唱えだした。

『ゴォォォォ』 
いきなり美紀の呼んだ魔物が一匹、水に浸らなかった砂場に向かって火を吐いた。
砂だから燃えはしなかったけど砂埃が宙に舞う。でも何か、違和感がある。
どこもかしこも砂塵が舞うなかで一ヶ所砂の流れがない場所があった。
「ケホッ、ケホッ! ……炎よりも砂埃のほうがよっぽどきついな」 
あたりを見渡すと狭い砂場の中にパクティがいた。え、だったら空に浮いてたのはなんなの。
鈴実は幻の存在じゃないのに……鈴実の姿を探したら、鈴実はいつの間にか地面に落ちていた。
もちろん、パクティが横にはいないわけだから自分の足で立ち上がって。 
「なんなんだよこいつ。また幻影じゃないのか?」
「幻なら火傷はしないはずよね、でも服の袖がちょっと焦げてる。中途半端だわ」
靖がパクティを睨みつけて言う。おかしい事はもう1つあった。幻なら、炎はどうってことないはず。
砂場にいるのが本体なら。どうして火傷程度で済んでるの、炎を全身に受けていながら。普通死んでもおかしくないよ?
ジャケットと普通の服の組みあわせで服装は私たちとそう変わらないのに。
「難しいことは考えない、やるよーっ! 水呪縛!!」
仕切り直し、とも言わんばかりのレリ。私もそれに呼応する。今、攻撃の障害になるものは何もない。 
「風神雷神よ、水に加護を! 雷風招来!」 
「へぇ……君らホントににわか仕込みとは思えない腕前だな」 
魔法によって、氷の中に閉じ込められたパクティに電撃が走った。だけどまだ気を抜けない。
パクティ相手に効くのかわからない。前回の犬のこともあるだけに、いまいちこの魔法自体信用しきれないし。
「よし! 後はトドメをいれるだけだな」
「幻影破れたり。本体を攻略できればどうってことなかったね」
「油断大敵でした、と。こうして氷像を見るとご愁傷様よね」
「今まで攻防はなんだったのかしら、いやにあっさりと決まったけど」
「でもこれだけ喋ってても何の反応もないんだし……って、あれ?」
それでも確認のために近づこうとしたら足が動かなかった。
下を向くと、足元には金属の足枷。それから、すぐに手枷がはまった。
「えっ?」
「うわっ!」
「何だ!?」
「あっ」
「おっとっと……と、あ。無理だったわ」
手枷も金属。急に両腕に負荷がかかったせいでみんな前のめりにこけた。
う〜…痛いよぅ。美紀は最後までこけまいと奮闘したけど、やっぱりこけた。

さっきの炎でか地面は予想に反して乾いていたから、それは救いだった。服が汚れたら家に戻らなきゃならないもん。
でも、なんだか嫌な予感。その予感どおり、私たち全員が地面に転がってから氷が砕ける音がした。
両足両手ふさがりでなかなか起きあがることが難しいなかでは顔を持ち上げるのが精一杯だった。
見上げたとき、パクティは氷の破片を払い落としているところだった。
「氷はともかく、雷が来るとは思わなかった……おかげで解除に少し手こずった」
「え、嘘。またぁぁぁっ!?」
まさかこいつも幽霊なの?でも、それなら魔法があんまり効かなかった事とか全部納得できる。
犬のときと今まさに同じ状況だし。でも犬のときと違って形勢の逆転は難しい。
「叫ぶほどのことか? だから、詰めが甘いんだって」 
何食わぬ顔で言い切られて思わず言葉に詰まる。……それで、どうして鈴実に近づくかなそこ! 
「気にいったから、連れて帰るかな。他はパス」 
鈴実を軽々と持ち上げて、また宙に浮かんだ。今度は、幻影じゃない。
でもいつ、どの顔の鈴実見て気にいったんだろ。終始いい顔はしてないはずなんだけど、今夜の鈴実。
それに、火傷の体のくせに体力余りすぎだよ。どこまでが幻影だったのか……え、何か唱えてる?
「呪縛っていうのはこういう事なんだよ」
ん、呪縛? 手枷足枷をかけること以上に相手の動きを封じるものってあるの。私知らない。
……あれ?何か蜂蜜のような、そうじゃないような物が空から落ちてきてるような気がするんですけどーっ!?
「お開きにしよう」
え、まさかこれが私達に降り掛かって、身動きを封じるの!?  運悪く頭に被ると息ができなくなって窒息死!?
鈴実はあいつに持ち上げられてるから大丈夫だけど。他は手枷と足枷があるから、思うように動けない。避けられない。
「さてと……行こうか、これからよろしく」
「離しなさいよ、誰があんたとよろしくやるもんですか!」 
鈴実と今離されたら絶対やばい! あいつの心理は本当にわからない。
普通、敵をさらってく? いや、あるかもしれないけどパクティ、鈴実に何言われても嬉しそうだし。 
「そう言わずにしてもらいたいな。俺、本当に君のこと気に入ったから。ことは急がないし」

あー、あいつ一目惚れだ。こんな出会いで今そんな宣言出しますか、その口は。
顔は悪くないのに女心が読めてないのは痛手だよね。 キザにはキザったらしい決めがあるもんなのに。
「清海、口に出てる出てる。あと俺には共感しかねるぞ」
「いいんだよ、靖はそれ以前の問題が山積みだから。……量は問題じゃない部分もあるけどね」
そんな言葉を交わしてるうちに空からのねちょねちょが落ちてきた。触感は見た目と違わず蜂蜜だった。

とまあ、一言で白茶けちゃったなというこっちの会話も、空中では何のその。
「だいたい、この格好で宙に浮いてるとキツイのよ!」 
鈴実はまたしても片腕一本で抱えられてる。つまり物扱い。
足場もない空中に浮いている状態であれは確かに辛い。女心がわかってない証拠その一。
「ああ、気づかなかった。これで良いのか?」 
鈴実はパクティにお姫様抱っこみたいな抱えかたをされた。というか、それそのもの。 
敵ながら見事な手際。手枷がなかったらすごい、と拍手するところだった。それはそれでなんか違うけど。
「恥ずかしいんだけど……って言うかその前に降ろしなさいよ!」 
そーんなことを空中で鈴実とパクティがやってる間にも私達、やばいんだけど。
瞬間接着剤よりはやく蜂蜜っぽいのが固まってきてる。為す術なし、唯一の望みの鈴実は私たちを忘れてる。 
「まあもうすぐ終るから、それまでの辛抱だって」 
「だーかーらー……って、あ──っ! 靖、炎の魔法!」
「あ、それ言っちゃ駄目だって!」
ようやく私たちを思い出した鈴実が叫ぶ。あ、そっか。口は塞がれてなかった。
なんで鈴実に向かって助けてって叫ばなかったんだろう私たち。
多分四人とも鈴実とパクティの緊張感のなさに気をとられたからだと思う。 
「炎の色よ! その逞しき炎によって大地の生命となれ!」 
金属でさえも炎でとけることを思い出せばあとは簡単なことだった。
靖が被っていた金属や液体はとけて無くなった。それでも力を持て余す炎が靖の手中で踊る。
その炎を使って、靖はみんなの分も取ってくれた。

「よし、全員無事だな、って……あ────っ!!」 
靖が大声を出すから、何事かと視線の先を辿ったら……二人がいない。
四人で公園の周囲八方を見回しても姿が見えない。
「あいつ、さっきの間に鈴実を連れて帰ったの?」
「まさか。そんな時間はないはずよ、よく探しましょう」
「おい、それっぽいの見つけたぞ。あの建物の頂上近くだ!」
示す指の先、公園よりも何十メートルも上空。月の光に一つの小さなシルエットが動いているのが見えた。
「逃がさないっ。雷神よ、我が怒り天より示せ彼の者に鎚を放て!」
「ちょっと清海、パクティと一緒に鈴実もいるんじゃない!? 魔法を使ったら」
「……あ」
どうしてパクティを逃してはならないのか、それは鈴実が連れ去られるから。
考える前に叫んだとき、私はそのことをすっかり忘れていた。焦りと不快感の赴くままに、力を呼んだ。
「このバカッ、鈴実まで攻撃してどうすんだよ!」
「怒っても仕方ないって靖。魔法を止める方法はないの?」
「うー、ごめんレリ。さっぱりわかんないし、思い浮かばない」
「だってさ。美紀、今から鈴実をパクティから引き剥がせない?」
「無理よ、今から何唱えても。それにもう発動してるじゃない、ほらあの雲」
雲がシルエットの上に厚く広く集まり始めてきたと思うと予兆の雷鳴が夜の空気を駆ける。
何度かの唸りの後、ついに雷が放たれた。そこには鈴実も一緒に居るはずなのに。

「あー、鈴実には当たりませんようにパクティにだけ命中しますように! お願い神さまーっ」
「こんなときに神頼みかっ。現実を見て何か言えアホッ!」
「だってぇぇぇ」
呪文の閃きもなしに私が並べた適当な言葉。修正の言葉が頭の中に浮かぶことはなかった。
雷撃が、襲いかかる。シルエットは急下降をしても自然の前には移動ですらない。
シルエットに光の線が肉迫したとき、細長い何かが現れて軌道が大きく逸れた。
直撃を引き受けた何かは重力に従って公園の敷地内、ブランコにぶつかって靖のもとへ飛んだ。
「……避雷針か、これ」
軽い音と共に片手で掴まれたものは、熱と衝撃でひん曲がった鋼鉄の棒だった。
みんなが雷をあっさり退けたものの正体に疑問を持ったとき、新手の声が上から聞こえた。

「まったくあんたって奴はぁぁぁ! どこほっつき歩いてるのか探してみれば、何死にかけてんの!」
空に視点を戻してみれば、声の主はとても高いところにいた。それでも地上にまでよく聞こえた。
「さっさと帰るわよ! ずっとこんな世界にいたら体力消耗するわ……あら、その傷どうしたの」
ところどころ言葉が途切れることからしてパクティも口を開いてるみたい。そっちは聞こえない。
「はあ? まあそんなのはどうでもいいことね。で、あんたが持ってるその子、何?」 
 本人に大声を出しているという自覚はないみたいで、普通に喋ってる。
まあそのおかげでこっちも今の状況を把握できるんだけど。あの人はパクティの仲間で、お叱り中。
「なっ! どうしてあたしがあんたの嫁にならなきゃいけないのよ!」
ああ、きっと嫁にするとか言われたんだ。鈴実、そういう系とかには疎いのに厳しいから。 
さっきから完全に無視されてる私たち。空中でパクティと鈴実と謎の人でギャ―ギャー言ってるよ。
いっきに緊張感が無くなったなあ。。観てるこっちがほのぼのとしつつあるあの雰囲気は何なんだろう。
「この子を? ふん、あたしは気に入らないね!」 

「うわー、姑みたいな事言ってるよ」
「ああいうのって、嫁にひどい事するんだよね」
「ああいうタイプの母親をもつ所には行きたくないよねぇ」
うんうん、と女の子三人で頷く。公園の中はもう完全にお茶の間モードに移行してる。
これが家の中ならお茶と菓子を用意してるだろうなあ。それで、机に肩肘ついて話し合ってるんだ。
「お前らテレビの見過ぎだろ、それ」
「靖は黙って」
三つの声が重なった。これは女の世界の話だから男は入っちゃ駄目。

「だからあたしはパクティの嫁にならないって言ってるでしょうがっ。まだ十三よ、中一が嫁に行けるわけないでしょ!」 
「とりあえず! 今日は帰るわよ! 大体、あんたもそう長くは居られないのよ!」 
そのセリフ、やられ役の撤退の言葉。格好のチャンスなんだから鈴実、ここぞとばかりに突っ込めばいいのに。
「………!」
パクティが何か言った? それから鈴実を手放した。って言う事はつまり……今、鈴実は落ちるってことで!
「ちょっと! この手枷と足枷くらい外しなさいよ──!」 
鈴実の言葉を素直に受け取ったのか、何かの合図で鈴実の縛るものは外れた。
「あんな子どうなろうと良いでしょ何あんたが心配してるのよ!」

「無責任ねえ。敵だから当たり前って言えば当たり前だけど……」
「こっちで鈴実はなんとか受け止めようぜ。で、どうする?」
鈴実の落ちる場所を予測した私たちは公園を抜けてその場所まで走る。でも、足ではとても間に合いそうにない。
「どうしよう……あっ。雲よ、汝に加護を!」 
鈴実を助けたい。その願いに応えるかのように言葉が胸の中で紡がれる。
それを身体の外に吐き出す。何の意味かは知らないけど、きっとこれで大丈夫。この言葉は暖かい想いをもたらす。
「あ、落下速度が緩んだわ。間に合うかもしれない」
「鈴実ぃ、今行くからね!」


無事何事もなく鈴実も着地した後に空を見上げると元凶の二人はどこにもいなかった。帰ったの?
その後は魔物の襲撃もなく、私たちは大きな鳥に乗って異世界へ渡った。





NEXT

ほんとに戯れだわー、この戦闘。